米澤穂信著『Iの悲劇』を読み終わったのでネタバレ有で感想を書きます。

単行本情報

著 者米澤 穂信
発行者大川 繁樹
発行所文藝春秋
発行日2019年9月25日
頁 数343

あらすじ

無人となった集落に新しい定住者を募るべく始められた、Iターンプロジェクト。

万願寺邦和はそのプロジェクトリーダーとして、「甦り課」で勤務していた。

課長はやる気なしの西野。もう一人の人員は新人の観山遊香。

10世帯が移住し、これから盛り上がっていこうとしたが・・・・・・。

1世帯、2世帯と様々なトラブルによって離れていく移住者たち。

このプロジェクトは呪われているのか?果たしてプロジェクトの行く先は?

感 想(ネタバレ無)

次々と離れていく移住者たち。本当に呪われているのではないかと思えるくらいのトラブル続き。なんでこんなことに?

本作は市役所の仕事の話で、殺人事件はなし。行政関係の事件で、ちょっと謎めいている。こんな面白い本だったとは。日常の謎ともちょっと違う感じで。ちゃんとしたミステリで。

登場人物も味があっていい。

主人公は出世にしか興味がないみたいだけど、優しくて頭もいい好青年。頼りない上司と、軽薄な後輩の3人でなんとかプロジェクトを成功させようと奮闘する。頑張れ万願寺!

課長の西野は典型的な公務員。定時帰りに命をかける。3時半から時計を数える。でも鋭いところがたまにあり、実はめちゃめちゃ優秀なのでは?と思ってみたり。

後輩の観山遊香は、逆に公務員らしさがない新人。市民の懐に飛び込み、あわやの失言に肝を冷やす。冷やすのは万願寺だけだが。どこか憎めないキャラクター。

キャラクターたちがいいから、結構シビアな話なのにそこまで暗くならなくて、よかった。

ぼくが興味を惹かれたのは、第5章「深い沼」での主人公と弟の電話での会話。地方に住む人と都会に住む人の相容れない話。

主人公は言う「地方に住むだけで倫理的に罪だとでも?人は感傷で生きるんだ。ひとはどこに住んでもいいし、何に幸せを感じてもいいんだ」「ひとが経済的合理性に奉仕するんじゃない、経済的合理性が、ひとに奉仕するべきだ」

弟は言う「中央が稼いで地方が使ってるんだ。どこに住んでも大差ないなら都市部に住んで維持コストを節約するべきだ」

うーん、弟の言い分もわかる。でも地方から離れられない人がいるのも事実。難しい問題だなあ。少子高齢化がこれからますます進み、都市と過疎地の分断もますます進むんだろうな。そうした過疎地は経済的に不合理なのも事実なんだろうなあ。

あとはやっぱり終章「Iの喜劇」が最高でしたね。表題作かとおもいきや「喜劇」になってる。悲劇ではなく、喜劇。意味深。

感 想(ネタバレ有 白文字)

結局、課長と観山が策を練って、移住者が離れるように仕向けていたわけだ。

理由は簡単。金がかかりすぎるからだ。

人がいなくなった集落を、10世帯程度の人数のために維持していくのは経済的に不合理すぎる。市長が強引に進めた政策のために無駄金が使われ過ぎる。

1~2人しかいない小学生のためにバスを出す?救急車が来るまで40分かかる?消防車も同じ。除雪するにはどのくらいの費用が必要?ごみ収集やライフラインは?

人がいなくなった集落はそのまま放置した方がいい。維持費がかからないのだから。

課長と観山は正しいことをした。でも万願寺の言うように、希望をもって移住してきた人たちの人生を弄んだことに変わりはない。観山は苦悩しながら仕事をしていた。「なんのためにこの仕事をしているんだろう」と。

後味はちょっと悪い。万願寺が誇りをもって仕事できる日が戻るのを願います。